将来計画及び運営方針 243 分子科学研究所は,物質創成,光科学および反応動力学を3つの柱とし,分子および分子集合体のもつ新奇な性質 を解き明かす研究活動を行ってきた。創立以来27年が経過し,光科学では廣田榮治名誉教授の学士院賞,分子動力学 では中村宏樹教授の中日文化賞,有機化学分野などの大きな影響力をもち,論文引用の多さで高い評価を受けた諸熊 奎治名誉教授等に代表されるように,本研究所の研究成果が高く評価されて現在に至っている。井口洋夫名誉教授は, 分子エレクトロニクス分野を開拓,分子素子という概念を導入され,分子科学研究所での物質創成研究を通して世界 の物質科学分野での先導者としての役割を果たされている。その結果,同教授は平成13年度に文化勲章を受章された。 平成13年3月末に閣議決定された第2期科学技術基本計画では,研究者の自由な発想に基づく基礎研究の推進ととも に,ライフサイエンス,情報通信,環境分野に加えてナノテクノロジー・材料分野が重点領域として研究開発を推進 することが提言されている。この現状で,分子スケールの科学,つまり分子科学研究の中核である分子科学研究所は, 広義での物質科学研究の推進による21世紀の科学技術の基盤形成に重要な責務を担っている。特に,科学技術の急速 な進展が予想される現況において,国際間での競争が激化し,ますます国際間の格差が広がる危機的状況に対応して, わが国の学術研究機関がアジアを含む学術研究体制の中核として,多国間の共同研究体制の拠点を目指すことが緊急 の課題であり,平成15年度に考慮すべき,最も重要な課題である。
平成14年度から,分子科学研究所がいままで研究を展開してきた B 地区に加え,岡崎国立共同研究機構の3研究所 が E 地区において統合バイオサイエンスセンターを先鞭として新たな研究を展開する。平成14年度の概算要求におい て,本研究所の光科学研究の柱である極端紫外光実験施設の高度化計画が認められ,新しい光科学がこの施設におい て展開されることになる。同じく,概算要求によって分子スケールでの物質科学研究の共同研究の中心となるべき分 子スケールナノサイエンスセンターの組織が認められ,純増3名を含む20名の教官が,E 地区を軸にナノサイエンス の新しい研究拠点を形成する。また,相関領域研究系および錯体化学実験施設が,統合バイオサイエンスセンターお よび分子スケールナノサイエンスセンターと協調しつつ,物質創成の発展を図る計画が進められている。これらに加 え,わが国の IT 重点計画の一環としての高速ネットワークであるスーパー S INE T が,機構共通研究施設である計算科 学研究センター(専用スーパー S INE T )および岡崎国立共同研究機構(汎用スーパー S INE T )に平成14年度後半から 接続されることになった。分子科学研究所が他に際立って特徴とする強力な理論化学研究部門が,計算科学研究セン ターと協力しつつ,スーパー S INE Tを活用した理論化学研究のさらなる発展を試みる基盤が整備された。
このような状況を踏まえて,分子科学研究所の将来計画委員会は平成14年度の主要計画を以下のように項目別に設 定した。
(1)多国間国際共同研究
(2)物質科学
(3)化学反応ダイナミックス
(4)光分子科学
(5)理論研究系と計算科学研究センター
(1)多国間国際共同研究
分子科学研究所は,創設以来多くの国際共同研究を主催するとともに外国人客員教官を始めとする多数の外国人研 究員を受け入れ,国際共同研究事業を積極的に推進し,国際的に開かれた研究所として高い評価を得ている。このよ
5.将来計画及び運営方針
244 将来計画及び運営方針
うな今までの活動の経緯を踏まえ,その問題点を明確にしつつ新世紀にふさわしい国際共同研究拠点としての体制を 構築しなくてはならないと考える。その主要な論点は次の通りである。第一に,国際共同研究の多国籍化がますます 進行しており,二国間のみの共同研究では対応しきれなくなっている。これは,二国間協力を単に地域に拡大して解 決される問題ではなく,国籍を全く問わない形での共同研究体制を構築する必要がある。第二には,分子科学研究所 の様な国際的な研究機関は「世界の分子科学の拠点」として自らの企画と主導権の下に柔軟にそして臨機応変に共同 研究を遂行し得る体制を持たなくてはならない。さもなくば,C OE としての意味をなさないであろう。第三に,新し い世紀におけるアジアの重要性とその一員としての日本の役割を考えたとき,アジアの基礎科学を支援するとともに 共同研究を推進していくことが極めて大事である。しかも,この共同研究は分子研が主導権を持った形で推進できる ことが肝要である。新しい世紀を迎え,アジアにおける基礎科学の高揚をうながすために日本が果たさなくてはなら ない役割と責任の大きさを考え,国際共同研究拠点として,アジアの若手研究者の受け入れと育成(特に博士研究員 の受け入れと育成),各種研究施設(特に電子計算機センター(平成12年度から岡崎国立共同研究機構・計算科学研究 センターとなる)や極端紫外光実験施設)の提供,及び研究者の交流と共同研究の実施を効率良く遂行出来る体制と 予算的裏付けを求める。具体的には,「物質分子科学」,「光分子科学」及び「化学反応ダイナミックス」の分子科学3 大研究分野に関して国際共同研究ネットワークを構築し,経常的にそれぞれの分野で共同研究を2−3年計画で実施 出来るようにするとともに,アジアの若手博士研究者を年間10名程度2年間受け入れる体制を構築いくべきであると 考える。台湾,中国,韓国などにおける研究体制と若手研究者育成の国際化の活発な動きを目の当たりにする今,日 本の果たすべき役割を正しく認識して,この提案が遅滞無く緊急に対応されるべきことが,我が国の基礎学術・科学 技術政策の上からも必要不可欠であり,焦眉の急であると考える。さもなくば,日本の役割と責任を果たさないどこ ろか,日本自身の存在価値そのものを無くすことにもなりかねない。
(2)物質科学
平成14年度の概算要求で分子スケールナノサイエンスセンターの組織が認められ,分子金属素子・分子エレクトロ ニクス部門,ナノ触媒・生命分子素子部門およびナノ光計測部門が2つの流動部門とともに組織化される。
本センターでは,原子・分子サイズでの物質の構造およびその形状の解明と制御,さらには新しい機能を備えたナ ノレベルでの新奇な分子系「分子素子」の開発とその電子物性の解明,またナノサイエンス研究を促進させる光測定 技術などの方法論を開発し,分子スケールナノ構造体の性質を体系化した新しい分野を開拓する。すなわち,分子科 学研究所の持つ分子集合体に対する多岐に渉った研究を集約して,理論的な機能予測,それに基づく物質合成,光計 測を含む時空間的測定手段を開発・応用しつつ,共同研究機関として外部との連携を図りつつ,「分子の個性を制御し た分子スケールナノ物質」の研究を行う。内部での設計,合成,物性測定などの協力を密にし,また,外部のナノサ イエンス・テクノロジー研究グループとの分野を超えた連携の場として,全国の共同研究の拠点であり,支援の場と してのセンター作りが我々に課せられた使命である。このセンターは,多くの部分を E 地区において展開するが,物 質創成という立場からは,分子構造解析装置が,この新しい施設に必須であり,さらには,外部利用を配慮に入れた クリーンルーム,ナノ測定装置などを設置する先端的研究実験棟を設置することが必要である。
(3)化学反応ダイナミックス
化学反応は物質変換,エネルギー変換の基礎であり,正にこの世の有為転変の根本である。物質創生の基本として の化学反応の理論的及び実験的研究が分子科学研究所の永遠の重要な課題であり不変の使命であることに疑いの余地
将来計画及び運営方針 245 はない。実際今まで,新しい理論の開発と先端的な実験研究が分子科学研究所において行われてきており,国の内外 において高い評価を受けている。ノーベル賞を受賞した福井謙一の HOMO-L UMO理論に代表される化学反応の静的な 側面に加え,21世紀にはその基礎の上にたったダイナミックスの研究を推進して行くことが肝要である。化学反応ダ イナミックスの基本メカニズムを理解することは,時間,空間,そして階層的物質構造の次元のそれぞれにおけるダ イナミックスの基本を解明することに繋がる。即ち,言い換えれば,物質科学や光分子科学分野の基礎の理解に繋が り,これら分野との連携・協力が極めて重要な意味をもつものとなる。今後のナノサイエンス研究においても,単な る静的な物性がナノ物質の性質のターゲットではなく,より動的な側面から情報伝達やエネルギー伝達などの新しい 動的物性のナノ構造制御に挑戦することが重要でありそのためにも,化学反応ダイナミックスの研究はなくてはなら ないものとなる。
さらに,化学反応の基本メカニズムを理解すると言うことは,我々の手で反応を思うままに制御し,新しい反応を 設計出来るようになり得る事を意味している。レーザーに代表される様々な外場を用いたり,あるいは触媒や反応場 を上手く設計して化学反応を自在に制御・設計するための基礎的な理論の構築と実験的研究は今世紀の科学の極めて 重要な課題である。
上述したような根源的学術研究は物質分子科学及び光分子科学に跨るものであり,分子構造研究系,電子構造研究 系,極端紫外光科学研究系などの化学反応を研究対象とする研究系とともに分子スケールナノサイエンスセンター,分 子制御レーザー開発研究センター及び極端紫外光実験施設などの実験施設とも密接な関係を保持しつつ,その活性を ますます発展させていかなくてはならない。
(4)光分子科学
分子科学研究所は光科学領域において,極端紫外光実験施設と,分子制御レーザー開発研究センターを中心とした 活発な共同研究行なわれている。平成14年度の概算要求で,極端紫外光実験施設の高度化が実現されることとなり,こ こではナノサイエンスを含む多くの分子科学研究所ならではの放射光を利用した先端的研究が具現化する。このよう な貴重な設備を効率よく共同利用に供するため,運転時間の延長およびテーマ数の拡充が求められている。一方,レー ザーを利用した時間,空間の高度の制御による時空間ナノ計測への挑戦がなされようとしている。その成果を共同研 究に供するためにも,レーザー設備のさらなる充実が求められる。
(5)理論研究系と計算科学研究センター
本研究所は物理と化学にまたがる研究所として,他には見られないほど高度な理論分子科学研究グループを有して いる。そしてその連携の場としての計算科学研究センターは共同利用施設として先進的な研究を行い,国の内外から 常に高い評価を受けている。理論分子科学分野におけるこのような我が国随一のアクティビティーを中核的な基盤と して,他の大学共同利用機関,大学付属研究所と連携して,分子軌道法,分子動力学法,統計力学理論などを駆使し た巨大計算に基づいて,ナノ物質の成り立ちとふるまいを支配する自然原理を明らかにする。そこでは特に,従来の ナノテクノロジーの枠を超えて分子や分子集合体からなる柔らかいナノ物質に注目する。たとえば分子やその集合体 が熱ゆらぎなどにより自ら形態形成を行い,その形態に基づいて特異な機能を発現するプロセスを解明するなど,既 設の計算機では全く不可能な質的に異なる研究を展開する。これらにより,ナノメータ程度の物質系に対する材料設 計指針,機能予測を可能とするようなナノ物質科学,ナノバイオロジー分野の発展に不可欠な分子科学の新たな学術 的基盤を形成する。このような観点から,我が国における物質科学研究の連携の環とスーパー S INE T を活用した巨大 計算機によるナノシミュレータの設置とその組織作りを提案する。